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迷惑—日本人を呪縛する言葉

英語に翻訳するのが難しい言葉の一つに「迷惑をかける」がある。 あえて訳すならばtroublesome(問題をもたらす)とかannoying (うるさい、煩わしい)となるが、どれも迷惑の意味とはだいぶ違う。 的確な訳語がないのは、この言葉の意味するところが日本特有の同調社会規範を背景にしているからだ。 いじめを受けていたまま相談できないでいた子がようやく話しに来てくれた時、「迷惑になると思って言えなかった」と言ったので愕然としたことがある。「話しに来てくれてありがとう。迷惑なことなんかまるでないよ」とまずは答えたが、この子の中では、人と違うこと、目立つことをするのは「迷惑」なのだった。 「うちの子は他の子達のように早く話せませんので、ご迷惑おかけしますがよろしくお願いします」と母親が教師に言う時も、人と違うことが「迷惑」とみなされている。この国では、「違い」は「間違い」なのである。 自閉傾向の子を持つ親は、集団の中で子どもが奇声をあげたりジャンプしたりと人と違う反応をすることに、他の親からの「迷惑」の眼差しを全身に感じる。 「迷惑です」と言う言葉は冷酷だ。人と違うことをしないよう有無を言わせず縛り付けることのできる怖い言葉だ。 2018年発表のベネッセ教育総合研究所の「幼児期の家庭教育国際調査」は日本、中国、インドネシア、フィンランドの幼児を持つ母親を対象とした調査で興味深い結果を指摘した。幼児の将来に何を期待するかの質問に対して日本の母親は「他人に迷惑をかけない人」が46.1%で、他三国の10%〜20%代に比べてダントツに高かったのである。 筆者が実施する虐待に至ってしまった親の回復のためのMY TREEペアレンツプログラムに参加した母親は、子供の頃から「人の迷惑にならないように」と両親から徹底してしつけられたことを語った。「だから私も5歳の息子にそれを要求してしまいます。『迷惑にならないようにね』って。他人の目ばかり気にして育てて来ました。それが叩くしつけにエスカレートしたんです」 自民党が2012年に発表した日本国憲法改定草案は、基本的人権の定義を大きく変える文言となっていて背筋が寒くなる。 現行憲法の第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。 自民党改憲草案第 十 三 条 全 て 国 民 は 、 人 と し て 尊 重 さ れ る。 生 命 、 自 由 及 び 幸 福追 求 に 対 す る 国 民 の 権 利 に つ い・・・

ミレニアル時代のフェミニズム:ビヨンセからプッシーライオットまで多様なセレブ達がSNSで男社会を揺さぶる

森田ゆり 月刊「部落解放」2018年9月号:多様性の今 14 より転載 第二波フェミニズムの大衆的広がり:1985年国連世界女性会議第二回ナイロビ大会 33年前、1985年国連世界女性会議第二回ナイロビ大会に、私はアメリカのフェミニストとして参加した。この世界女性会議は、戦後40年をへた第二波フェミニズムの大衆的広がりの一つの大きな頂点となった。 当時住んでいたカリフォルニアからケニア・ナイロビはちょうど地球の反対側。2日間の長旅の末、ナイロビのホテルに到着した途端に、世界から集まったフェミニスト達を団結させた驚きの出来事が展開した。 会議の開始2日前になって、各国政府代表団のホテルが足りなくなっているので、NGO/NPOの人たちは、予約を明け渡して欲しいという通達をケニア政府が出したのだ。 NGO/NPOの私たちは、この差別的な対応に驚き、怒り、即座にホテルごとに集まり、情報を共有し合い、抗議声明を出し、他のホテルの人々と連携してケニア政府にプレッシャーをかけた。 この間のフェミニスト達の速戦力は見事だった。特にフィリピンの女性達のリーダーシップの力強さを目の当たりにして、感心したことを記憶している。 ちなみにその数日後の大会中、日本のある女性グループのワークショップを傍聴したら、日本のフェミニストはアジア諸国の女性達をリードし、エンパワーしていると言った趣旨の発表をしていたので、苦笑してしまった。 今、自分たちに降りかかった差別に対して、即座に世界から集まった女性達を組織することに貢献していたフィリピンの女性たちほどの指導力を示した日本からの参加者は一人として見かけなかったからだ。 会議の開始第一日目には、また別の予期せぬアクションが展開した。大会はナイロビ大学のキャンパスで開催されたが、レスビアンをテーマにしたワークショプが教室から排除されたのだ。ナイロビ政府の意向だった。レスビアンである無しに関わらず、怒ったフェミニスト達は、抗議集会を開き、中庭でのワークショップをゲリラ的に開催した。 また別の中庭の大きな木の下には、たくさんの人が集まっていた。中心でスピーチをしていたのは64歳のベティ・フリーダンだった。戦後のフェミニズム勃興に多大な影響力を持ったフェニスト理論家である。 彼女の”The Feminine Mystique”(邦訳「新しい女性の創造」)は、20世紀の最も影響力のある著作の一冊とされ、世界中のベストセラーとなった。家事労働/主婦の役割を問い、「個人的なことは政治的である」の理論と方法は,中産階級の主婦層にも浸透し、第二派フェミニズムの理念的・運動的潮流を築いた。彼女は1966年に全米女性組織NOWを結成し、初代会長に就任した。 「男性は敵ではない。彼らもまた犠牲者なのだから。本当の敵は自分たち自身をおとしめ、卑下する女性達だ。」とはフリーダンの有名な言葉である。 フリーダンはNOWの結成初期の頃はフェニスズムが誤解されることを恐れて、レスビアンの参加を「ラベンダーの脅威」と呼んで拒んだが、レスビアニズム活動家からの抗議にあって、1970年にはすでに和解していた。   性暴力の告発 1885年のナイロビ大会で私たちはCAP(子どもへの暴力防止プログラム)を伝えるワークショップを行った。CAPは1978年にオハイオ州コロンバス市のフェミニスト団体、レイプ救援センターが開発した。その開発者の一人のサリー・クーパーと私は、CAPを初めてアメリカ国外に紹介する大役を負って大会に参加した。 CAPは、いじめ、誘拐、性暴力など、あらゆる暴力から子ども自身が身を守る防止プログラムで、その思想の中心に子どもの人権とエンパワメントを据えている点も含めて、フェミニスト運動が生み出した歴史的な傑作といえる。 1985年の段階では、性暴力はまだ国際会議の中心課題とはなっておらず、性暴力関連のワークショップの数も少なかった。とりわけ子どもに対する性暴力をテーマにしたものは私たち以外にはなかった。会場は参加者が溢れて、椅子や机を廊下に出して床に座っても一寸の隙間もないほどぎゅうぎゅう詰めになった。 サリーと私は机の上に立ってスピーチをした。この大会は性暴力告発の世界での曙(あけぼの)となったが、女性•子どもへの性暴力が重要課題となるのは、その10年後、1995年の第三回世界女性会議北京大会を待たねばならなかった。   アニタ・ヒル証言: セクシュアルハラスメントへの取り組みが広がる 1991年 1991年10月。35歳のオクラホマ大学法学部の教授だったアニタ・ヒルが、かつての上司、クラレンス・トーマスからのセクシャルハラスメントを連邦議会で訴えた。 トーマスは当時のブッシュ(シニア)大統領から最高裁判事の指名を受けていた。アメリカでは最高裁判事は上院議会が審理し投票で採決する。その上院公聴会審理でアニタ・ヒルはトーマスからの執拗な被害を証言した。 最高裁判事は終身地位なので、保守派がなるか革新派がなるかは、アメリカ社会に決定的な影響を与える。トーマスが米国史上2番目の黒人候補であったこと、そして保守的な人物であったことで、この出来事は高度に政治的な意味合いを持つことになった。公聴会は全米に連日TV生放映された。 その当時、カリフォルニア大学のダイバーシティ主任研究員として、大学教職員のセクシュアル・ハラスメント予防研修を担当していた私は、仕事としてそのTV生中継を何時間も見ることになった。 共和党議員によるアニタ・ヒルに向けた露骨な性描写や人格批判は、それこそがセクハラにほかならないひどいものもあったが、ヒルはよくそれに耐えた。トーマスは一貫して無実を主張し、結局彼は上院の採決で最高裁判事として承認された。以降今日に至るまで9人の裁判官の1票として保守的な最高裁判決を下す役割を担ってきた。 この事件以降、多くの大学や企業が職場内のセクシュアル・ハラスメント研修を義務付けるようになった。先行してセクハラ研修の開発に取り組んでいた私たちは、他大学にも教えに行くようになった。それから約4世紀半後の2015年にHBOのテレビ映画「コンファメーション(原題) /Confirmation」でこの事件が映画化された。   沈黙をやぶって 日本1992年 1992年に私は「沈黙をやぶって」を出版して、子ども時代の性暴力の被害者の声を日本で初めて公にした。そして次のように呼びかけた。 「人生のネガティブな汚点でしかなかったその体験は、それを語り意識化しようとするプロセスの中で、その人の強さの拠り所となり、その人の存在の核ともなる。語り始めること、いまだ存在しない言葉を捜しながら、たどたどしくも語り始めること。語ることで出会いが生まれ、自分の輝きを信じたい人たちのいのちに連なるネットワークができていくことでしょう。ひとたび沈黙をやぶったその声を広く、日本の社会いたるところに響き渡らせていく大きな流れのムーブメントの担い手に、あなたも加わりませんか。」(「沈黙をやぶって」森田ゆり著 1992年築地書館) 刊行後、「実は私も・・」と誰にも言えないできた子ども時代の記憶を語る何百通もの手紙が届いた。 あれから四半世紀、多くのサバイバーが、「ささやき声で、泣き声で、叫び声で、怒りの声で、長かった夜の無言(しじま)を突き破り」(前掲書)性暴力を沈黙の闇の中から、昼の陽光のもとに引き出していった。 そして昨年2017年。強姦罪の110年ぶりの改正が実現した。しかし被害者を苦しめる最大の要因だった強制、脅迫要件に関しては、議論されることすらなく、据え置きとなった。 子どもへの性暴力に関しては、18歳未満の子どもを現に監護する者が性交などをした場合に、暴行や脅迫がなくても適用される「監護者性交等罪」と「監護者わいせつ罪」が新設された。 時を同じくして、安倍首相のお抱えジャーナリストとも見なされている元TBS記者山口敬之からレイプされたことを訴えて、実名顔出しで記者会見を開いた勇気あるサバイバー、伊藤詩織さんが登場した。 彼女の日本の性暴力の状況を変えるという強いミッションにもとづく行動は、SNSで世界中を駆け巡り、日本のみならず他の国々からも多くの共感と支持が巻き起こった。 2017年はこの二つの出来事ゆえに、日本の性暴力の歴史におけるエポックメイキングとなった。私たちは新しい時代に入ったのである。 ちなみに英国BBSは「日本の秘められた恥」とのタイトルで詩織さんを取り上げた約1時間のドキュメンタリーを2018年6月に放映した。   ミレニアル世代のフェミニズム ミレニアル世代とは、2000年代になってから成人になった20歳から35歳ぐらいの人々をさす。子どもの頃からデジタル、スマホ、SNSに触れていることから、新しい働き方や価値観を体現していると言われている。詩織さん(29歳)もこの世代に属す。 私の3人の子どもたちもミレニアル世代だ。特に娘、純スティンソンは34歳で、この世代の中核年齢であり、ドキュメンタリー独立映画監督として,またアルジャジーラFBニュースのプロヂューサーとして、その作品はフェミニストとしてのエンパワメントの視点を失わない。 ミレニアル世代のフェミニストの特徴を、娘と一緒に検証してみたら、以下のような特徴が抽出された。 1. ビヨンセ、マドンナ、アデル、エマ・ワトソン、アンジェリーナ・ジョリー、ケイティ・ペリー、スカーレット・ヨハンソン、プッシー・ライオット等々のスーパーセレブ達が、この世代のフェミニズムのインスピレーションであり、リーダーである。運動のリーダーは学者ではなく、弁護士や国会議員ではなく、人気を博すロックやパンクのシンガーや女優達だ。 2. フェニストとしての主張をSNSで発信している。・・・

森田ゆりの最新エッセー

下記タイトルをクリックすると読めます。   相模原事件と一億総活躍社会 月刊「部落解放」連載Diversity Now第一回 2017年8月号掲載 脳神経多様性(Neurodiversity)か自閉症スペクトラムか 月刊「部落解放」連載「多様性の今(連載3)」2017年10月号掲載 アメリカ・インディアン運動リーダー デニス・バンクス・ナウ・カミック氏追悼 月刊「部落解放」連載Diversity Now第6回 2018年1月号掲載 「ALOHA」はいのちの多様性を讃える言葉 月刊「部落解放」連載Diversity Now第7回 2018年2月号掲載 マイケル・ジャクソンと子どもの癒し・世界の癒し 月刊「部落解放」連載「多様性の今9」2018年4月号掲載

最新情報

第16回 アロハ・キッズ・ヨーガ リーダー養成講座 2024年4月20日~21日(土日) ZOOM開催(録画配信付き)    まだ申し込みできます。 ALOHA KIDS YOGA™ リーダー養成講座 身体が固いからヨーガはちょっと、、、と思われてきた方。ヨーガと身体の柔軟性は関係ありません。 意識的な呼吸法と、脊椎のアラインメントをマスターすることこそがヨーガの神髄です。 森田ゆり開発のキッズ・ヨーガ・リーダー養成講座です。今年で10年目になり、すでに全国に250人以上のリーダーが誕生しています。 認定を受けた人たちは、児童養護施設、児童心理治療施設、一時保護所、少年院、小児精神科病棟、DVシエルター、特別支援学級、保育所、学童保育、子どもと大人の居場所などで教えておられます。 認定のいらない人がALOHA KIDS YOGA™リーダー養成講座をご自分のために受講されるのもOKです。   2024年4月20日~21日(土日) ZOOM開催(録画配信付き)    まだ申し込みできます。 講師・森田ゆり 参加費 3万6千円(養成講座テキスト+小冊子代金+テキスト郵送料+録画配信+消費税のすべてを合計した金額です) 詳細は研修申し込みのページへ 謹賀新年 2024年元旦 オークランドCAから、自家製の門松と共に、新春のお喜びを申し上げます。   2024年の研修の最新情報は以下のブログへ、 https://ameblo.jp/yurimorita9/ または、以下のぺージへ http://empowerment-center.net/koza/     **** 朗報です! 2023年度の終了した研修受講を逃してしまった方のために、動画配信による受講が可能となりました。 詳細は、https://ameblo.jp/yurimorita9/のブログへ。       ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~   ALOHA HEALING YOGA™    無料 Free ZOOMクラスclass へご招待 学校が休講になった2020年3月、すぐに準備をして始めた無料ZOOMクラス。週2回の開催を続けて休み続けて、3年4ヶ月になりました。一時は100人近い参加がありました。休校中は子ども達も参加しました。今は平均20人くらいでしょうか。北海道から沖縄まで日本各地から、海外からも休みなく参加される常連メンバーも十数人おられます。老若男女、子どもも参加しています。名前を出しただけ一度だけのぞきにくるもOK。来れるときだけの参加もOKです。 心身の不調に悩む方、身体障害のある方、虚弱体質の方たちが、続けて参加することで健康への大きな変化を体現されています。増進をされています。 健康な方は、さらなる気の充実を経験されています。 森田ゆり主催 ALOHA HEALING YOGA™ zoom Class 毎週(木thu ・・・

不安の組織化に抵抗する

不安の組織化に抵抗する 森田ゆり 2005年5月号 最近、『安心』という言葉が、マスメディアのニュースやコマーシャルの中で やたらに使用頻度が増えている。ある日の新聞の広告から拾い出してみただけでもこんなにあった。「安心便利なキャッシングUFJグループ」「癌・交通事故も安心の医療総合保険」「アリコに電話して、安心をゲット」「セキュリティーハウス、安心の全国ネットワーク」等々。「安心」という健康月刊雑誌の創刊の広告もあった。 「安心」が消費者の購買動機のキーワードなのだとしたら、それは人々の不安感の広がりを示している。 「安心」を売るビジネスが繁盛するのだとしたら、それは人々の不安が高まっていることの証しと言えよう。 では、あなたはどうだろう? あなたが最近不安に思っていることは? 以下の項目に当てはまるものにいくつでも丸印をつけてみよう。 日本経済・景気、天災地変、戦争、環境破壊、日本国憲法、日本の未来、世界の未来、地球の未来、老後、年金、交通事故、泥棒、通り魔、強姦、子どもの誘拐、試験、就職・収入、結婚、病気,その他(  ) いくつの項目に丸がついただろうか。10年前に同じ質問をしたら、あなたの丸のつき方はどう違っていただろうか。 4月9日に発表された内閣府の世論調査によると、「日本で一番悪化しているのは?」の質問に「治安」が47.9%で最も多かった。同じ質問を始めた98年以降毎回「景気」「雇用条件」「国の財政」の順に「悪くなっている」との回答が高かったのだが、「治安」は昨年は「国の財政」を抜き、今年は「景気」も「雇用条件」も抜いて初めてトップになった。 刑法犯の認知件数は02年をピークに減少しているにもかかわらず、治安悪化への不安感が増大しているのはなぜなのだろう。 今、わたしたちは不安の時代に生きている。不安の要因は人によって異なっても、共通することは、不安は誰にとってもたいへん危険な感情だということだ。以下、不安の危険な要素をあげてみた。 1) 不安は伝染する 2) 不安に圧倒されると人は理性的判断をできなくなり愚かな行動や選択をしてしまう。 3) 不安はお金になる 4) 不安は支配の道具に使われる 5) 世論をつくりだすために、不安は人工的に煽られ、わたしたちはそれに翻弄される。 池田小事件、奈良誘拐殺人事件、寝屋川事件など学校を舞台にした陰惨な事件が続き、今、学校は不安のるつぼのようだ。まさに上記の不安の5つの危険因子すべてが学校現場に舞い飛んでいる。 1) マスコミの過剰報道もあって、特異な事件の恐ろしさばかりが強調され、不安が広がっている。→不安は伝染する 2) 不安に圧倒されると、防止力は低いとわかっていても、集団下校、パトロール隊、あいさつ運動、不審者ウオッチング、法の厳罰化などの対策を一時的にすることで安心を得ようとする。しかし、これらの対策は長くは続けられないばかりか、犯罪の抑止効果は低いことがわかっている。 →不安にかられると人は理性的判断をできなくなる 3) 学校では、防犯ブザーの配布、防犯カメラの設置、警備員の配置などが検討され、街では防犯グッズが売れている。人は不安に駆られると、外にある物に頼って安心と安全を求めようとする。だから不安をあおればあおるほど、人々は「安心」を買い求めようとするのだ。消費社会は人々の「不安」を食い物にして肥大する。 →不安は金になる でもお金で買える物としての「安心」は幻に過ぎないことが多い。防犯ブザーをいつも持ち歩いていても、危険に見舞われたその瞬間に、ランドセルやバッグの中に納まっていたら使えない。だから自分の外に「安心」のツールを求めるのではなく、自分の内に「安心」ツールを持つという視点を持ちたい。 たとえばCAP(子どもへの暴力防止)プログラムが教える「特別な叫び声」ならば、必要な瞬間に「あれ、どこいっちゃった」と捜さなくてよい。それはいつでもどこでも自分とともにあるもの。大切な自分をなんとかして守りたいとの思いさえあれば、即座に使うことができるもの。このように子どもたちの内にある力を活用する対策こそが実効力を持つ。 防犯カメラや警備員の配置のためにお金を使うぐらいなら、研修予算をたっぷりとって、教職員も護身術を習って、一人一人が自分への自信をつけて、内なる「安心」を手にしてほしい。ただし、その護身術は、誰にもある内なる力を活用するエンパワメントの視点に立った研修でないと、不安を一層あおるばかりで逆効果になることに気をつけてほしい。 4)5)不安にあおられて防犯対策が進むと、治安・防犯のためなら、個人の事情やプライバシーの保護は後回し、との考えが主流になり、人権尊重の原則が危うくなる。3~4年前に警視庁が『中国人かなと思ったら110番』と呼びかけ文の入ったチラシを町内会に配って、中国大使館から抗議された出来事は、この顕著な例だ。 →不安は煽られる。 9.11事件後、米国議会が圧倒的多数でアフガニスタン爆撃に同意したのも、イラク攻撃に同意したのも、煽られた不安の持つ伝染力と金力と思考停止の集団心理の結果だった。テロ対策の名目のもとに、個人の人権への国家の介入が許容される「愛国法」が充分な論議のないまま短期間に成立してしまったのも、9.11事件の衝撃からくる集団的「不安」の持つ伝染力による。 まるでかつて50年代の赤狩り旋風(レッドパージ)の時代に逆戻りしたように、米国国内での市民への監視は厳しくなり、言論統制が進んでいる。 ヒトラーの右腕、軍事参謀だったヘルマン・ゲーリング(1945年の次のスピーチは、支配者が不安をいかに活用するかを見事に語っている。 「もちろん人々は戦争を欲しない。しかし結局は国の指導者が政策を決定する、そして、人々をその政策に引きずりこむのは、実に簡単なことだ。それは民主政治だろうが、ファシズム独裁政治だろうが議会政治だろうが共産主義独裁政治だろうが変わりは無い。反対の声があろうがなかろうが、人々が政治指導者の望むようになる簡単な方法とは、、、。国が攻撃されたと彼らに告げればいいだけだ。それでも戦争回避を主張する者たちには、愛国心がないと批判すればよい。そして国を更なる危険にさらすこと、これだけで充分だ。」 →不安は支配の道具に使われる。 不安の時代に、不安の伝染力から自由であることはむずかしい。恐しい事件が報道されたり、他国からの攻撃行動が報道されれば、誰でも不安をつのらせる。でも、その一般市民の不安感情を煽り、組織化して、一握りの人々の利権や野望のために政治や社会改造がされていく構造をしっかりと見据えていなければならない。 たとえば、今起きている中国での反日運動のエスカレートに関する報道や北朝鮮の核問題に関する報道は、今後わたしたちにどのような不安をもたらすのだろうか。その不安を利用して、軍事防衛力の増強を受け入れるキャンペーンが浸透することはないだろうか。 特に今年は、憲法「改正」、教育基本法「改正」の動きの中で、市民の抱く不安を組織化して、市民の権利を制限し、言論統制を厳しくし、軍事力を優先するような「改正」となってしまわないように、しっかりとアンテナをはりめぐらそう。 憲法とはそもそも、国の主権者である国民の権利と人権を政治権力が侵害することのないように、時の政治権力を握った者たちが守らなければならない大前提のことだ。権力の行使はこの範囲内でやらなければいけないと憲法を定めて、政治権力の暴走を抑制するためにある。それなのに、改憲論議では、「憲法には国民の権利ばかりが書いてあるから義務も定めよう」との稚拙な案が大まじめに提出されている。 民主主義の基本も分かっていない人たちによって、国民主権の民主主義社会の根本となる憲法の本質的な存在意義そのものが奪われてしまうかもしれないのである。改憲論者たちの民主主義理解の程度の低さにはあきれて悲しくなる。しかし現実は、中国や北朝鮮への不安や、凶悪犯罪への不安がふりまかれると、人々はゲーリングの言ったように、いとも簡単に不安に煽られて思考停止状態になって、政治権力者の言うなりになってしまうのである。 不安の組織化に抵抗しよう。 不安を感じたら、まずは「不安は危険!」と自分に警告を発する。次に、その不安の感情を他者とわかちあう。わかちあうことで、不安が人工的に煽られたものかどうかを見極めよう。不安や恐怖の強い感情は、わたしたちの理性や思考力や価値観を凌駕する。だから不安を他者とわかちあうことで、不安がもたらす「思考停止」状態から抜け出す。あなたの職場、地域コミュニティーが、防犯・治安あるいは国家の安全のために個人の犠牲を求めるような対策を打ち出したときには、「ちょっと待って、何かおかしい」と声をだそう。 わたしは自分の行っているアサーティブ・コミュニケーションの研修の中で「ちょっと待ったスキル」を教えているのだが、こんな場合も使えるはずだ。 「相手に反対する意見を言いたいのだが、、、」」「これはとんでもない、止めてもらいたい」とか「重要なことをわかってもらいたいでも、どう言えばいいか分からない。」そんなときは、黙ってしまうのではなく、「ちょっと待ってください」ととりあえず言ってしまう。 なにはともあれ、まず時間を止めるのだ。黙っていたら進行していってしまう時間を止めてから、相手に理解してもらえそうな言い方、やり方を考えるのでもいい。 不安の組織化に抵抗するために、わたしたちが持つリソースはつながることで生まれるちからにほかならない。不安をわかちあうことで、不安は安心感に変わる。出会い、つながることで、わたしたちは、一人一人の内なる安心を組織しよう。

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