マイケル・ジャクソンは死後10年たっても搾取され続ける〜新たな性的虐待嫌疑〜 

森田ゆり
月刊「部落解放」2019年5月号掲載

告発再び

2019年1月のことです。アメリカから届いた1通のメールに仰天しました。

独立映画の登龍門として知られるサンダンス映画祭で、Leaving Neverland(ネバーランドを去って)というHBO(アメリカ最大のケーブル・サテライトTVネットワーク)とChannel 4(英国のTV会社)合同制作のドキュメンタリー映画が上映されたというニュースが、その日のうちに全米を駆けめぐりました。

映画はマイケル・ジャクソンから性虐待を受けたとマイケル・ジャクソン遺産管理財団を訴えていた2人の成人男性に密着した2部作全4時間のドキュメンタリー作品です。

ウエード・ロブソン(37歳)とジェームス・セーフチャック(41歳)はそれぞれ7歳と10歳からネバーランドに出入りし、マイケルのCMの仕事などに子役として出ていました。映画でロブソンは7歳の時ネバーランドに招待されたその2日後から性虐待が始まって、ネバーランドにいるときはそれが起きない日はなく、7年間も続いたと訴えます。しかしロブソンは22歳の時にかつての冤罪事件裁判でマイケル側の証人として出廷し、マイケルに性的接触をされたことは一度もないと証言しました。その後もマイケルの友人だったということでTVのトークショーなどに出演して、「彼は素晴らしい人だ。不適切な接触をされたことはない」と話したり、別のトークショーでは、「マイケルのおかげで自分は人間の良心を信じられるようになった」とも発言しています。セーフチャックも冤罪事件の時、事情聴取の中でマイケルから性的に触られたことはないと証言しています。しかしマイケルの死後、二人は2013年にマイケル・ジャクソン遺産管理財団を子ども時代の性虐待で訴えるのですが、どちらも請求棄却判決を受けました。

 

サンダンス映画祭でどんな契約や商談が?

世界中を大騒ぎにしたこのニュースを発生と同時に送ってくれたのは米国でTV局のプロヂューサーをしながら独立ドキュメンタリー映画を制作している娘からでした。若手のドキュメンタリー映画作家の憧れのサンダンス映画祭に参加していた会場からのメールでした。サンダンスの観客は、配給会社のエージェントや弁護士が多く、作品契約のための会談や交渉が活発に展開することで知られる映画祭だということです。今年の映画祭最大のニュースとなったこの作品の上映をめぐって、どんな契約が成立したのでしょうか。

マイケル・ジャクソンにあやかれば必ず話題になり、売れると言われるほどに彼の名声は不滅です。とりわけ今年はマイケルの死後10周年。命日の6月25日をピークに、出版やエンターテイメント業界はどんなマイケル物を売り出すか、他社を横目に虎視眈々と準備して来ているのです。

マイケル関連の映画、TV番組、出版作品が玉石混淆出てくるだろうとは思っていましたが、他に先駆けて、こんなにも劣悪なものが登場するとは予想しませんでした。

マイケル・ジャクソン遺産管理財団は、即座に抗議の声明を出しました。

「マイケル・ジャクソンを搾取し、儲けようとする許しがたい行為だ。(中略)“ドキュメンタリー”と名打っただけの信用性のないタブロイド並みの主張に過ぎない」

さらに財団は、3月3日からこの作品をテレビで放映するHBOを相手取り訴訟を起こしました。

2019年1月以来、世界中のメディアで(とりわけ米欧豪では)くり返し取り上げられ大ニュースになっており、アメリカでの3月3、4日の放映、その後の英国での6、7日の放映で、いずれも高視聴率を得ました。映画を制作・放映したHBOとChannel4にとって、監督と二人の主人公たちとって、目的はすでに達成されたのかもしれません。

 

安く作った映画

しかし、この映画は、方法的にも内容的にも、かなりレベルの低い作品です。ドキュメンタリーと銘打ちながら、訴えている2人の男性とその家族などの、一方の声だけでインタビューが構成されており、それを疑う人の声はまったく登場しません。

マイケルの家族、親族、友人はもちろんのこと、彼ら2人以外の当時子どもだったたくさんの大人たち、マイケルが無罪になった裁判の弁護団などへのインタビューはありません。

当時、ネバーランドに出入りしてマイケルと親しくしていた少年たち、マッコリー・カルキン(ホームアローンの主演子役俳優)や俳優のコーリー・フェルドマンらは、マイケルから性的な行為は一切なかったことをかつての冤罪事件の裁判でも、またTVなどのマスコミでも繰り返し証言しているのです。一方の側からのアプローチしかないので、ドキュメンタリー作品としての最低限の条件も満たしていません。

被害を訴えるこの2人の男性も、かつての冤罪事件では、マイケルの無実を証言したのでしたが、なぜ考えを変えたのか、そのことにすら映画は疑問を向けません。

映画では、2人の男性が少年の頃マイケルから強要されたという肛門性交やオーラルセックスなどをこれでもかと克明に語り、涙と苦悩に顔を歪めての告白が続くので、見ている者の感情に重く食い込んできます。しかし、ゴシップ物チャンネルのようにそのほかの内実がないので、4時間も見続けるのは耐えがたいものでした。

安く作った映画だとの印象をぬぐえません。普通だったら誰も目を向けない2人の男性の主張に、HBOとChnnel4は商機をかけたのでしょうか。商業用作品としては評価されるはずのない4時間もの性虐待の告白映画は、10周年の命日を目前にしたマイケル・ジャクソンの猟奇的話題だからこそ,高い視聴率を得たのではないかと思わざるをえません。

 

マイケルにあやかって利を得ようとする人々

ぼくの子ども時代を知っている?
ぼくは子ども時代をずっと探している
心の落し物箱の中を探し続けている
誰もぼくをわかろうとしない
人々は、ぼくは変だという
ぼくが子どものようにふざけるから
でも、許してよ
人々は、ぼくがまともじゃないという
子どものような単純なことが大好きなだけなんだ
ぼくの運命の埋め合わせをしている
ぼくの子ども時代

ぼくの子ども時代を知っている?
ぼくは子どもの頃の輝きを探している
海賊になった冒険
かんむりを抱く王様の征服の夢
ぼくをきめつける前に、
ぼくを好きになろうとして
君の心の中をのぞいて
聞いてほしい
ぼくの子ども時代を知っている?って。
(Childhood の一部 1995年 訳は筆者)

マイケルの名声と富の故に、生前も死後も彼にかこつけて利を得ようとする人々が接近し、様々な訴訟を起こしてきました。それは使用人であったり、マイケルの曲は自分の音楽の盗作と訴える人であったり。そして1993年に少年への性虐待嫌疑が持ち上がりました。事件は、マイケルがネバーランドに迎い入れたたくさんの子どもたちの一人、その父親が巨額の賠償金目当てに子どもに嘘の証言をさせた冤罪事件でした。

80年代をアメリカの子ども虐待防止分野で仕事をしていた私には、それが賠償金を狙った恐喝事件であることはかなり早い時期から推測できていました。マイケルは無実を主張したのですが、裁判が7年かかることが予想され、音楽活動に多大な影響を及ぼすという弁護士団の助言に従って、1530万ドルの和解金を払うことで決着をつけました。それを虐待を隠蔽するための買収行為と報道したマスメディアは少なくありませんでした。

少年はその数年後、歯科医だった父親から麻酔薬を使われて嘘の証言をするよう誘導されたことを公言しました。その父親はマイケルの死後数ヶ月後に自殺しています。

2003年にもう一つの性虐待嫌疑が持ち上がりますが、これは裁判で無実が証明されました。その際検察はネバーランドに出入りしていた50人近くの子どもを査問し、広大な敷地内を微に入り細を穿って捜査したうえで、性的虐待を示唆するものが何も出てこなかったことを明らかにしたのです。このケースを訴えた子どもの母親は、以前にも他の有名人にも似たような訴えをしていて却下されていました。

訴訟社会のアメリカでは、訴えることでうまくいけば巨額の賠償金が入ることは十分ありうることです。ロブソンとセイフチャックは2013年の訴訟が却下になった後も、新たな訴訟を起こしてマイケル・ジャクソン遺産管理財団に対して10億ドルともいわれる賠償請求をしています。たとえ裁判で勝てなくても、もしその10分の1の金額ででも示談がまとまれば、一生働かなくても家族を養って余りある金額が転がり込むのです。

 

かけ離れた加害者像

私は、子どもの性的虐待被害者の声なき声を支える仕事に40年近く携わってきた者です。だからこそ、この2人の男性の語ることにたくさんの嘘があることが見えてしまいます。映画放映と同時にされたオプラ・ウインフィリー(米国の最も影響力のあるTV番組司会者・プロデューサー)によるインタビューでの彼らの発言は、児童期性虐待裁判の時効の壁を破ることを想定して注意深く準備されたものであることがわかります。

私はアメリカと日本でたくさんの性的虐待を受けた子どもとその家族に関わって来ました。性虐待加害者の多くは家の外では普通の社会人で、礼儀正しく、真面目そうな仕事熱心な人だったりするので、事件が発覚すると周りの人は「あの人がそんなことするはずない」と驚きます。しかし内輪の人、家族のメンバーや親しい友人に話しを聞いていくと、子どもに性的虐待をする人であるような要素が必ず出て来ます。小児ポルノの雑誌やビデオを大量に持っていたり、子どもや力の弱い人の扱いが雑だったり、子どもを馬鹿にしたり物のように扱う態度をしばしばとったり、子どもを尊重できない人なんだと思わせるような言動があることを、内輪の人たちは報告します。

ペドファイル(子どもを対象に性暴力をする人)を病気だと思っている人は多いかもしれませんが、病気ではありません。ペドファイルは育ちの中で自分に自信を持てず、成人とは対等な付き合いや性関係をもつことができなくなってしまった人たちです。セックスにおいて支配関係を持ちたいために、それを成人相手では自信がなくて怖いので子どもを選びます。子どもを手なずけることは上手だけれど、子どもを尊重する姿勢や言動が見られることは稀だというのが私の経験から言える子どもの性虐待加害者の実像です。

マイケルをよく知っている家族や親友たちが語るマイケル・ジャクソンの姿は共通しています。最も近い親友のエリザベス・テイラーは「彼は本物の人道主義者です。そして子どもの純粋な心を持ち続けている人です。」 マッコリー・カルキンは「小さな子どもの時からずっと友達だった。子役としての孤独や親との対立などで苦しかった時、いつもマイケルが話しを聞いてくれて、励ましてくれた」

 

「子どもの癒し」は「世界の癒し」の思想

マイケル・ジャクソンは父親からの体罰によって負った子ども時代の深いトラウマを、戦争と貧困と虐待に苦しむ世界の子どもたちを支援する様々な行動と、子どもを癒そう、世界を変えよう、とのメッセージ曲を次々と作り歌い続けることで、世界中の人を魅了する音楽とエンターテイメントのアートにまで昇華した稀有な存在でした。(そのマイケルについては、本誌  年  月号を参照。また「体罰と戦争:人類の二つの不名誉な伝統」(森田ゆり著 かもがわ出版 2019年)の7章を参照)

マイケルは2回目の性虐待冤罪事件の裁判が終わった2003年に、Heal the Kids 基金を設立し、そのメッセージを広めるために、専門家や著名人を招いて世界各地で、数々の講演活動を企画しました。ニューヨークのカーネギーホールにはじまり、ネバーランドでの会議で幕を閉じた一連の活動のエッセンスは、2003年のオックスフォード大学での「子どもと愛」と題された講演に凝縮されています。2003年といえば、長男6歳、長女5歳、次男1歳で、シングルファーザーとして子育て真っ最中のときです。

「 しかし、愛された記憶がなければ、心を満たすものを求め、世界中を探し回るようになります。どんなにお金を稼ごうとも、どんなに有名になろうとも、虚しさを感じ続けることでしょう。本当に探し求めているのは、無償の愛、つまり無条件に受け入れられることです。生まれた時に、享受できなかったものです。(中略)

言うまでもなく、この痛み、怒り、暴力行為の根は探すまでもありません。子どもたちは明らかに、放置されることに激しく怒り、無関心に体を震わせ、認めてほしいと叫び声をあげているのです。アメリカの様々な児童保護機関によると、毎年平均何百万人もの子どもたちが、ネグレクトという虐待の犠牲になっているそうです。(中略)

なぜわたしが自分の時間や財産の多くを注ぎ込んで「ヒール・ザ・キッズ」の活動を大きな成功にしようとしているのかおわかりでしょう。わたしは統計の示す冷たい数字に魂をもぎ取られ、心を揺さぶられているのです。私たちの活動の目標はシンプルです。――親子の絆を取り戻し、約束を新たにし、地球の将来を担うすべての子どもたちの歩む道を明るく照らすことです。」

 

世界へ、子どもへ、自分の心へ

マイケルは5歳の時から父の指示の元にショービジネスの世界を全力で生きてきたために、学校へ行き、動物園やディズニーランドで遊び、スポーツに興じるといった普通の子どもがすることをできないで育った自分の子ども時代を、失われた子ども時代と感じつづけてきました。加えて子ども時代の父からの頻繁な体罰は、失われた子ども時代以上にマイケルの心を深く傷つけてきたものでした。マイケルが音楽で世界へ向かって子どもの癒しを呼びかける時、それは自分の心への呼びかけでもありました。

「子どもと愛」のスピーチを、マイケルは次のように閉じます。

「どの人も、自分が愛される対象であると実感することが、認識の土台、つまり意識のはじまりなのです。髪の色が赤か茶色かを知る以前に、肌の色が黒か白かを知る以前に、どんな宗教に属しているかを知る以前に、自分が愛されていることを実感できなくてはならないのです。(中略)
子どもたちの笑い声を新しい歌に
子どもたちの遊ぶ音を新しい歌に。
子どもたちの歌声を新しい歌に。
大人たちが耳を傾けている音を新しい歌に。
子どもたちの持つ力に驚き、美しい愛の温もりを感じて、ともに、心のシンフォニーを創りましょう。世界を癒し、痛みを和らげましょう。そして、美しい音楽をみなさんとともに奏でられますように。」
( 「Michael Jackson King of Pop」 by Christian Marks X-Median AG 2001年より 訳は筆者)

 

明らかになりつつある告白の矛盾

マイケルを訴えたロブソンは、彼が性的虐待を受けていたというその同じ頃、ネバーランドでマイケルの仲立ちで、マイケルの姪のブランデン・ジャクソンと恋仲になり7年間恋人として付き合いました。彼女は、恋人として付き合っている間ただの一度もロブソンがマイケルから性虐待を受けていることを思わせる様子はなかったこと。そもそもロブソンが語るほどに、マイケルはネバーランドにいなかったなどと、この映画は嘘で成り立っているとメディアで発言しています。ロブソンがダンサー、振付師としてのそのキャリアのほとんどをマイケル・ジャクソンの名の下で築いて来て、今になって、業界でいい仕事につけなくて困っているからといって、こんな形でマイケルを搾取しなくてもいいだろうと怒りをぶつけます。「マイケルはあの映画で語られているような人では決してない。彼にとって子どもはとても大切で、本当に子どもになって子どもたちと遊ぶ、まるで漫画の中の主人公のような人なのです。」

ロブソンとセイフチャックの告白内容の不一致や不整合がすでに指摘されボロボロと崩れ始めているので、マイケルへの汚名が晴れるのに、そんなに時間はかからないかもしれません。

映画「ボヘミアン・ラプソディ」の中でフレディ・マーキュリーがマネジャーをしていた恋人男性の嘘と不誠実を知り、彼に怒鳴り散らす場面がありました。「お前はハエだ。俺にたかる卑しいハエだ。今すぐに俺の前からいなくなれ!」と。

ロブソンとセイフチャックがマイケルにたかるハエだとすれば、監督兼プロデューサーのダン・リードはハイエナで、HBOとChannel 4 は死体に群がるハゲタカのようにマイケル・ジャクソンを食い荒らし、人間の尊厳を貶しめるのです。

マイケルは死んでも安らぎを得ることなく、「僕のことをわかってほしい」「僕には子ども時代がなかった」と、歌い続けることでしょう。

*マイケル・ジャクソンの行き方と思想、及び宮澤賢治との共通点については、拙著「体罰と戦争」(かもがわ出版 2019年)の第7章を参照。

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